※「屍人荘の殺人」および「魔眼の匣の殺人」のネタバレを含みます。
今村昌弘氏のデビュー作「屍人荘の殺人」(しじんそうのさつじん)、2作目の「魔眼の匣の殺人」(まがんのはこのさつじん)を読んで、すっかり今村ワールドのファンになりました。
今村氏は1985年生まれ。岡山大学医学部を卒業後、放射線技師から小説家に転じたそうです。小説家への挑戦は親から期間を区切られていたそうで、期限ギリギリに生み出したのが「屍人荘の殺人」だとか。
今村氏の作風は、超常現象×本格ミステリ。現実にはありえない設定が出てきますが、その設定が読者に分かりやすく説明されて、それが謎解きに絡んでくるので面白いです。
1作目「屍人荘の殺人」
まず、デビュー作の「屍人荘の殺人」ですが、読後に思わず「やられた!」と唸ってしまうくらいに面白かったです。 国内の著名ミステリー賞を受賞し、2019年末には映画化も予定されています。
この作品、主人公たちがいる館がなんとゾンビに包囲されて、館自体が大きな密室になるという設定です。ゾンビがじわじわと迫る中、館の中の部屋で人間の犯人による連続殺人が起き、非常に緊迫した雰囲気で物語が進行します。
「え、ゾンビなんて出てくるの?ファンタジーやん!」と最初は思いますが、ゾンビの生態を作中で詳細に説明した上で、それがトリックに見事に生かされています。
本作では3つの殺人事件が起こりますが、それぞれのトリックは次のような感じです。
1人目の犠牲者
館の一室で、ゾンビに食い殺された遺体が見つかります。しかし、殺害現場は密室であり、かつ、ゾンビが侵入していないはずのフロアでした。
さらに、犯人のメッセージが添えられており、人間とゾンビが共犯じゃないと説明がつかないと思われる状況です。
真相は、被害者がゾンビに噛まれた恋人をこっそり部屋に連れ帰り、看病しているうちに、恋人がゾンビ化して室内で殺されてしまったのでした。
その後、ゾンビ化した恋人は、窓の外から地上に転落、外のゾンビに混じってしまったという・・・。
被害者の恋人が行方不明になっていたこと、ゾンビに噛まれてからゾンビ化するまで数時間かかること、密室のベッドの布団の内側に血がついていたことなど、作中にヒントが散りばめられていました。
なお、添えられていたメッセージは、2人目・3人目を殺した犯人による攪乱工作でした。
2人目の犠牲者
密室にいた被害者が、部屋から引きずり出され、さらにエレベーターでゾンビのいるフロアに降ろされて殺害されます。なぜかゾンビが同乗することなく、死体のみが主人公たちのフロアに上がってきて発見されます。
この謎は、まず、密室はカードキーのすり替え工作で突破され、さらに被害者は睡眠薬で眠らされていました。
ゾンビが同乗することなく死体のみが上がってきたトリックは、被害者をエレベーターでゾンビのフロアに降ろす際、重量制限に達するよう、銅像を重しとして一緒に降ろしたというものでした。
死体を喰らい、ゾンビがエレベーターから離れたとき、初めてエレベーターが戻ってくるという仕組みです。
なお、被害者はゾンビに殺され、ゾンビとして復活してから改めて頭を潰されて殺されていましたが、これは犯人の被害者を2回殺したいという動機に基づくものでした。
3人目の犠牲者
警戒して外からの飲食物を一切摂らず、密室に籠っていた被害者が、あっさり毒殺されたという謎です。
この謎は、凶器は目薬で、目薬に含まれていた毒物はゾンビの体液でした。被害者の部屋に一瞬入ったスキに、犯人が目薬を毒入りのものにすり替えたのでした。
犯人と犠牲者が同じ目薬を使っていたこと、ゾンビの毒は目などの粘膜からも感染すること、ゾンビの体液は数時間で脳を破壊すること、などが伏線として提示されていました。
読書感想文(?)
ミステリの謎には、①ハウダニット(How done it ? = 犯行方法)、②フーダニット(Who done it ? = 犯人)、③ホワイダニット (Why done it ? = 動機)の3種類があるそうです。
「屍人荘の殺人」 では、①ハウダニットは、上の通り、ゾンビという設定が非常に上手く使われています。
また、②フーダニットについては、1人目の殺人者と、2人目・3人目の殺人者が異なるという点がカギでした。1人が3人を殺したと思い込んでしまうと、色々と辻褄が合わず、犯人の予想がつかなくなってしまいます。
③ホワイダニットについては、ストーリー上、「この3人が(恨みを買っている誰かに)殺されるのだろうな」というのは予想がつきました。
ただ、犠牲者が増えてターゲットの警戒心が高まっている状況下でも、あっさり殺されてしまうところが、読んでいてゾクゾクしました。
2作目「魔眼の匣の殺人」
2作目の「魔眼の匣の殺人」 では、予言者と予知能力者が出てきます。
予言は絶対に当たるため、「2日間で男2人と女2人が確実に死ぬ」という設定のもとで物語が進みます。
11人(主人公コンビ2名を含む)のうち、「男2人と女2人」が誰になるのか、そして誰がどういう動機で殺害するのか、という点が物語の焦点になります。
なお、舞台は山奥の館で、市街に続く橋が焼け落ちており、こちらもクローズドサークルで連続殺人が起こっていくスタイルです。
1人目の犠牲者
1人目の犠牲者は、なんと地震による山崩れで亡くなってしまいます。
どちらかというと、予知能力者の能力を紹介するだけの、噛ませ犬的な犠牲でした。
予言者の毒殺未遂
こちらは、現場周りが意味深な状況であり、誰がやったのだろうと読者を混乱させます。
しかし、結局は予言者自身の自殺未遂であり、部屋の奥に隠された毒も自分で隠していたというオチでした。
2人目の犠牲者
この2人目の犠牲者が出るあたりが物語のピークであり、また事件解決への糸口となります。
殺害現場では、部屋の時計が粉々に破壊されていました。短時間の犯行だったにも関わらず、なぜ犯人は時計を破壊しなければいけなかったのか、という点が大きな謎でした。
この答えは、犯人が被害者を銃で撃ち抜いた際、弾丸が時計に当たってしまい、それが偶然にも時計の短針と長針が重なっていたタイミングで、 短針と長針が同じ長さで折れてしまったからでした。
時計(というか短針と長針)を放置しておくと、犯行時間がバレてしまうので、犯人は時計を破壊したというわけですね。
犯行時刻で、短針と長針が重なっていたのは22時54分と0時00分であり、22時54分にアリバイのない男が犯人でした。
3人目の犠牲者
3人目の犠牲者は、犯人と共犯の約束をしていましたが、それを裏切ったため、犯人と押し問答になり、転倒して頭を打って死亡しました。
なお、共犯関係を結んだのは、予言の「男2人と女2人」という人数に達するまで先に他人を殺してしまおうという発想からでした。
4人目の犠牲者
こちらは2人目の犠牲者に好意を寄せていた男の子が、その死に絶望して館から出て近所の山に入ってしまい、野生のクマに殺されてしまいました。
読書感想文(?)
この「魔眼の匣の殺人」は、①ハウダニット、②フーダニットの点では、「そうきたか、驚き!」という展開は少なめでした。
上に書いた時計の謎は、「針が重なったからかな?」という点にたどり着いても、一般的な知識として、22時54分に針が重なることはあまり知られていないような。
また、3人目の殺害が発覚する前、犯人が白装束をかぶって走り回り、共犯だった3人目の犠牲者に罪をなすりつけようとするシーンがありますが、ちょっとリスクとリターンが見合わない行動に思いました。
さらに、ラストで、実は予言者は数十年前に他人と入れ替わっていた(入れ替わり後の予言は、元の予言者がストックしていたものを使用)ことを主人公サイドが看破する場面があります。展開としては面白いですが、流石に主人公サイドがチートすぎる気も。
しかし、そういった点を差し置いても、本作は、③ホワイダニット=動機の部分をめぐる描写が、非常に面白かったです。
登場人物の背景と信念、また「2日間で男2人と女2人が確実に死ぬ」 という予言のもと、各人の心の動きや利害関係が、実に複雑に描かれていました。
2人目の犠牲者は数分後の不幸を感知できる予知能力者なのですが、彼女が予知した状況を自分に関係なくなるよう犯人が行動するなど、予知能力の裏をかいた動きもありました。
また、主人公コンビの1人が偽装自殺を行い、皆が認識する「死ぬはずの残り人数」を攪乱したのも面白かったですし、犯人の動機が、始めのエピローグ部分に軽く出てきたエピソードを伏線としていたのも驚きでした。
但し、動機が複層的な分、犯人を推理するのは難しすぎました。もう少し読者が推理勝負できるような手掛かりがあればなあと思いました。
・・・以上、超常現象×本格ミステリの、今村ワールドの一端をご紹介しました。
次回作の設定はどのようなものになるのでしょうか。3作目も楽しみです。